コメッセージ353号 2025年10月号
先月、事務所廃業のご挨拶という標題でH税理士事務所から廃業する旨の案内が届きました。
今年2月、高齢だった税理士のHさんが亡くなり事業継続が困難とのことですが、農業所得の申告を農協の団体申告会から離れて個人の青色申告に改め、その後昨期で法人経営に変えて22年目となってこの間ずっと通算30年以上もお世話になって来ただけに本当に残念です。
現社長はこうした旨について、昨年、早い頃からH事務所より申し出があり昨期の決算から別の税理士法人に決算書類の作成と申告の手続きを進めるように依頼をして準備しておりましたから、結果、滞りなく済ますことができたことは春、無茶苦茶忙しくなる4月末が申告期限の当ファームにとって社長もまずはホッとしたのではないかと思います。
1980年代後半頃は農家の所得税は地域丸ごと全体でいくらといった標準課税から収支記帳を元にした個人の白色申告に移行していた段階で、うちもJAによる農家同士の税申告会に入って計算していましたがほどなくして1989年35才の時、父より経営移譲されたのを機にさらに一歩進めて家族への給与支給が認められ、より節税ができる青色申告をすることにしました。
この時からH事務所より帳簿付けや経営上のアドバイスなどを受けるようにもなり、結果、上記の税金の申告会からは自然と抜けてしまうこととなりました。
うちが法人化したのは2002年3月1日で、今年で23期目になります。
今では会社の形態としては認められていない有限会社(2006年以降法律改正で有限会社そのものの括りが無くなり株式会社に包含された)で小規模家族経営でしたが、今のところは23年続いた有限会社タカシマファームで十分社会的にも認められた存在になれたのではと思います。
何故法人化に着手したのか......48才で何事につけても前向きな?自分がいたからでしょうか。
当時、お米を少なからず家庭向け、業務向けに販売してはいましたが中小企業家同友会の農業経営部会、そして北海道アイガモ水稲会などに参加していて広範な地域を跨いで多くの異業種、同業経営者らと交わり刺激を受けられたことが向上心に結びついた.....そうした自分がいてこれからの農業経営を発展させるには法人化が必須と思えたことが大きかったのではと思います。
そこで個人経営から法人に切り替えるに当たってはそれまでうちの経営内容を熟知しているH氏に相談し、法人のメリットを確認するとともに移行の事務的な処理(資本金の確定、個人から法人への譲渡物件、評価額などの査定、算出.....等)をお願いして幾度も足を運んだことが思い出されますが、今でもH氏に言われたことで決して忘れられないことがあります。
それは前述の事業の引継時の資産、負債の算定にあたり私がグズグズと決めあぐねていた時に「経営者たる者にとっては決断のスピードが一番大事なんだよ」と直言されたことでした。
一見、表面(おもてづら)こうと決めたら間髪を入れず一心不乱に動くようにも見られますが裏にある本来の一面も見透かされた様な言葉であったと思い返されます。 以後22期の間、一度も税務調査を受けることなく、そしてまた多少の浮き沈みはあったものの会社を継続し次代に引き継ぎができたことがなによりで、会社の基礎も固まりつつあり対外的にはより一層の信用の醸成ができたものと確信しています.........亡きH氏に合掌。
投稿者:高嶋浩一


















