コメッセージ No.69
先日、ある日曜日の早朝、ベートーベン作曲の交響曲第6番「田園」を聴く機会を本当にひさしぶりに持つことができました。
窓の外はシバレがきつかったせいか、木立に氷の花が咲きまさに淡い墨絵の世界といった風情です。遠くに時々音もなく車が通りすぎてゆきます。
風も全くなく、電線にカラスがじっとしてとまっています。 子供たちや家内もまだ寝ており静かな静かな朝....そこに「田園」が流れます。
ふ~っ、なんとも言われない至福のひととき...コーヒー(インスタントコーヒーですが)をすすりながらついぞ忘れていた感慨がよみがえってきました。
この曲は当ファームのブランド「田園交響楽」の名付けのモチーフともなっていて、とりわけ強い思い入れがあります。
私が中学生のころ、日本はまさに日の出の勢いで高度成長まっただ中、農村部も馬、耕耘機からトラクターに、オートバイから車に、そして家庭の中には家電製品が徐々に整い、豊かさを肌で感じることのできる情況になってきました。
そんな時に私もステレオが欲しくなり、14ワットほどの小さなセパレートタイプのものを買ってもらったのですが、当然ステレオがあればレコードが欲しくなります。
それで最初に買ったのがグループサウンズ全盛前夜の時でもあり、ヴィレッジシンガースの「亜麻色の髪の乙女」とクラシックの「田園」だったのです。
前者はまさに大流行中でしたし「田園」は何となくその曲名に惹かれたのかもしれません。もちろんベートーベンという超有名な音楽家の作曲ですし、カラヤンという当代随一の指揮者のものだった(実際にはカラヤンしか知らなかったのですが)ということもあったでしょう。そしてこの曲を作曲したときベートベンは全く耳が聞こえなかったのですよね。
私のように音痴で音感の乏しいものにとっては天才を通り越して「神」みたいなものです。自分一人、部屋の中でそ~っと針をおろして、そして聞こえてきたのがタララタ....という最初に書いたメロディーです。
聴きながら気持ちの落ち着き、曲想に自然に溶け込めるような、音のうねりの中にゆったりと身を置くことのできるような....自分の五感に響いてくるのが私でもわかります。野や畑の牧歌的な風景、林の木立のなかを行く小径、小川のせせらぎ、カッコウや小鳥のさえずり、働く村人や収穫を喜び踊る人々の姿、そして嵐....それから再びいつもの変わらぬ自然と生活へ。
もう30年以上も前の少々大人になりかけていた時の思い出ですが、そんなこともあったんだなぁということを改めて思い出させてくれました。
実はこうした時を持てたのはGさんのお宅に配達に行った折り、ひょんなことから音楽の話になり、最近聴く機会もなかなかなくて......「田園」が云々....と10分ぐらいも玄関先での立ち話になったことからでした。
一ヶ月ほど後に再び配達にお伺いしたところ「高嶋さん、これ聴いてごらん」とカセットテープ4本いただいたのです。カラヤン、カールベーム、クルトマズア、クラウステンシュテット指揮の「田園」4曲やベートーベンのピアノソナタ「月光」、ピアノ協奏曲「皇帝」などの曲が入っています。
正直言って後者の二人の指揮者はどこの国のどんな指揮者なのかもわからないのですが、でも改めて「田園」をそして音楽を聴いてみようという気持ちを起こさせていただいたことに本当に感謝したいと思います。
で、気持ちの安らぐ?話から一転してなんとも気の重い話なんですが、狂牛病(もうそういう言い方はやめてBSEとかいうようにしているらしいです)騒ぎもとんでもないところにまで影響するようになってきました。
雪印のすりかえや在庫水増しは会社自身でやったことですから自業自得ですが、それによって直接足を引っぱられる畜産農家、酪農家はたまったものではありません。
今、問題解決が長引けば長引くほど牛の更新がスムーズにいかず、今後何年にもわたってその影響が及んでくるだろうと思います。
さらに私たちのように有機質肥料を使用して農産物を生産しているものにとっても、品質保証のされた肥料の確保、安全性の確認、消費者のみなさんへの啓蒙、宣伝などしなければならないことが課題として出てきたように思われます。
政治家やお役人たちは責任感もなく、適当にのらりくらりと自己保身をはかるだけでしょうからもとよりたよりにはならんでしょうし、永田劇場で演じられている倫理観の麻痺した茶番劇などはうかうか観てられないでしょう。
投稿者:taka-farm