コメッセージ 167号 2010年 04月号
先月28日、町内会で利用している会館に私の近隣の農地を耕作している農家の方達が10名ほど集まって、実に43回目の総会が開かれました。 私はその歴史ある組合の何代目かの組合長なのですが、もう10年近くやっているでしょうか。
現在実質的な活動はほとんど行っておらず、ただ組織を存続させているだけの組合のため、役員の改選もされずに私がずーっと組合長職を引きずっているということなのです。
組合員の数は20数名ほどですがこの組織もごたぶんにもれず高齢化が進み、少しずつ構成員が減少している状況ではあります。
ではそんな組合ならば解散してしまえばいいのではと思われることでしょうね。
しかしこの組合はかつてこの一帯が水害の常襲地帯だった頃、私たちの親の世代が強力な運動を展開して堤防や排水の整備、内水(堤防の内側にたまった水)を千歳川本川に排出をするためのポンプ場の設置などの事業を行った後、それらの維持、管理の一部担うことを目的にして作られたものなのです。
ただ、今はそうした業務はほぼ全て北広島市が他の業者に外注で行っているために、かつて地域のみんなで取り組んだ幹線排水の草刈りや排水ポンプ(口径が1,000mmもある)運転時の吸水口のゴミ除去などの仕事を行う必要がなくなってしまいました。
昔は地域みんなの出役でなんとか洪水の被害から家や作物を守ろうとして自発的にできた組織だったはずなのですが、前述のごとく若い後継者が極端に少なく60から70才代の人が圧倒的になると草刈りなどは危険で、万一事故でも起きようものたいへんだということになって結局は市にほとんど全てを任せることになったのです。
話しは飛んで40年ほど前になりますか、いわゆる高度成長期、国には税金がどんどん入っていた、今では信じられないような時代がありました。
現在の税収不足で国家財政が火の車とは全くの正反対で、当然のことながらその一部は地方にもそれ相当の金額としてあてがわれ、新規の造田、畑地、草地の開発、基盤整備事業、災害対策事業、農業機械導入への補助事業など農業分野に大きな変革をもたらしました。
一戸当たりの耕作面積も増え、機械化が進み、災害にもある程度耐えられるインフラの整備がなされれば、あとは安心してより多くの収穫を上げることができます。
そうなれば後継者も残り、今のような地方衰退の問題、あるいは食糧自給率の低さのことなど、これほどまでに深刻にはならなかったはずでしたが、時は移り民主党に政権が代わって自民党時代とは少し形を変えた補助の仕組みで臨むと言います。
こうした改革で問題は解決の方向に向かうだろう..との思惑ですがどうでしょう?
で、河川愛護組合の総会の審議に戻ると....といってもほとんど事業をやっていないので内容はもっぱら千歳川の他地区で行われる北海道開発局の遊水池設置に係わることやら、地元での堤防強化工事の内容、排水の不備な所の情報交換等、30分たらずで終わってしまいました。
つづいて懇親会が行われるのですが、そこでは農協などの農業関連団体の動き、今年夏に地元北広島市大曲地区にオープンするホクレンの大規模な直売所、体験施設や各自作付け作物の話題などが次々と出てきます。
なにせたった10人程度の集まりですがその中には農協の理事1名、農業委員3名、農業共済理事1名、改良区理事1名、水稲生産部会長、JR駅前直売所運営委員長など役員に就いている人が含まれているのですから(一部重複を含む)....。
そしてとりわけ決まって出てくるのが補助金の話で、それぞれが生きていくために必死なわけですから仕方がない部分もありますが、国や自治体の助成がまだ薄かった時代の方が住民みんなで力を合わせて地域を良くしたいと頑張っていたように思えます。
地域の先輩達が残したこの組合、彼らの「補助を頼る前にまず自らを頼めよ」との意志を受け継ぐ証としてやっぱり無くすることはできませんね。
投稿者:taka-farm